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川東地区 名所案内


高月前の(いぼ)(とり)地蔵(じぞう(六体地蔵尊)



 その昔、宿南のある所に、おじいさんとおばあさんと孫と3人で暮らしていたそうな。

孫の顔にはあっちこっち大きな疣が出ていたそうな。孫は外で遊ばなんだそうな。

おじいさんとおばあさんは困って、高月前の六体地蔵さんに孫が外で遊ぶように願ったそうな。

その夜おじいさんとおばあさんの夢枕に地蔵さんが立ち、「丸い石を供えなさい」と告げたそうな。

早速、次の日の朝丸い石を供えたそうな。そうしたらな、どうしたことか孫の鼻の上に出ていた大きな疣がなくなっているではないか。

喜んだおじいさんとおばあさんは、次の日も、その次の日も、またその次の日も丸い石を供えたそうな。
孫の顔からどんどん疣がなくなり、孫は元気に外で遊ぶようになったということです。

 かっては、いろいろな信仰心から救いを求める対象とされた。高月前の地蔵尊もいつの時代からともなく、はやり病を救い、無病息災、そして近世においては疣取地蔵と崇拝され往来人はいうにおよばず、この地域の信仰の一つにされています。
現在では、8月23日子供たちが丸い石を水で清めお祭りしています。

掃部(かもん)さんの話


今から580年くらい昔の話です。川東の(たち)の上に高木掃部(たかきかもん)と言う武士が住んでいました。

春の花見に一家で三谷に出かけたところ、深い落し穴に狼の親子が落とされていました。

心やさしい掃部の夫人(まき)さんは生き物殺しを見るにみかね、親子を助けて、放してやりました。

それからの狼の恩返し、牧さんの実子=継子(ままこ)を邪魔にして呪い殺そうとした邪悪な後妻の企みに・・・・川西上流部あたりに在った諏訪大明神の真夜中の「祈り釘」打ちを身をもってめさせ、高木家代々の宝剣を取り返した。狼の恩返しの物語です。屋敷跡には「掃部の塚」の石碑があり、恩返しの三谷川対岸諏訪には大明神の神社跡の礎石群が出ています。

物語の詳しいことは「八鹿のむかし話」にあります。